世界を旅するやさいとくだもののボトルたち
~喫茶カミングホームのとっておきレシピ~
こころを癒す秘密のレシピ①
ベリーベリージュース
からん、と涼しげな音を立てて、店の扉が開いた。
海をわたる鳥のように大胆に、勢いよく飛びこんできたのは、
ラズベリー色のワンピースを着た亜麻色の髪の少女だった。
「お母さんが、カミングホームにいっておいでって」
肩に下げた青いリネンのトートバックから、
ひょいと取り出したのは小さな花束。
爽やかなハーブの香りがふわっとひろがる。
「お庭の?」
と聞くと、
「うん。お母さんが持っていきなさいって。今朝ふたりで摘んだの。」
と少女が答える。
香り高いミントの緑いろの葉っぱの束から見え隠れしている、
白い小さな花びら・・・そう、これはワイルドストロベリーの花だ。
「かわいいね。ありがとう。」
お礼を言って、レトロなデザインのちいさなガラスコップに花束を飾ると、
少女は少し恥ずかしそうに微笑んだ。
私はこの少女を、彼女が生まれる前から知っている。
私の幼馴染である彼女の母が、
「わたし、命を授かったよ」と教えてくれた日から、
彼女はずっと私のちいさな友達だった。
少女は私を見上げている。
私は彼女を見つめ返し、その純粋な瞳の奥をそっと覗き込む。
『右目には清らかな黒い実、左目には赤紫の実が映っている。
ふっくらとした桃色の唇は、きりりと結ばれていて、
その端にうっすらと赤い実が見える。』
私たちの見えない身体には、たくさんの情報が書き込まれている。
他者の肉体の上に存在する、
幾層にもわたる情報の一部を読み取ろうとする時、
私にはなぜかいつも『果物と野菜』が見える。
なぜかはわからない。
たぶんこれが、私の言語なのだろう。
ふるさとの港町の高台にある、古いビルの二階を借りて、
喫茶店「カミングホーム」を開店した時、
海を見下ろす窓際に置いたテーブルはたったひとつだった。
迎え入れる旅人は、1日ひとりだけ。そう決めていた。
今日、少女のために選んだ果物は右目に見えたブラックベリー、
左目に映ったラズベリー、唇の端に現れたストロベリー。
特製のミックスベリージュースは『ベリーベリージュース』と名付けた。
少女がちょこんと座っている窓際のテーブルへと、グラスを運ぶ。
グラスの中は、美しくフレッシュな青紫色だ。
亜麻色の髪の少女は目を輝かせながら、ストローをくるくると回している。
その瞬間、突然、世界がセピア色に変化する。
ストローを回している彼女のちいさな身体と重なって、
セピア色の映像が自動再生されてゆく。
『学校にいる彼女。机の下で震える白い指。
クラスメイトの白く冷たい視線。心ない言葉。俯く少女の白い首筋。
あふれる涙。銀色の涙の雫。』
あぁ、そうだったのかと思う。
窓からはいりこんできた海風が、
テーブルに座る少女の白い首筋にそっと触れる。
セピア色のビジョンは、窓から入ってきた青い風にくるりと巻き取られて、
静かに消えていった。
色あせた記憶の再生が消えようとするその瞬間、
少女の白くふっくらとした頬に、透明な涙が一筋するりと流れ落ちたのを、私は確かに見た気がした。
テーブルの上の彼女のグラスは、もう半分ほどになっていた。
彼女が名残惜し気にストローを回しながら、私を見上げた時、
まぶしいくらいぴっかりとした微笑みが、そのかわいい顔に浮かんでいたので、
思わずつられてにっこりと微笑む。
しゅっ、と小気味良い音を立てて残りのジュースを飲み干すと、
彼女は店に入ってきた時と同じように、
海鳥のようにすばしっこく席を立って、
私に向かってひらひらっと手を振ると、
光あふれる外の世界へと勢いよく飛び出していった。
扉がまた、からん、と涼し気な音を立てた。
彼女が残していった空のグラスと、ガラスコップの中のワイルドストロベリーの花が、彼女が確かにさっきまでここにいたことを証明していた。
海から吹いてくる青い風に乗って、
少女の「ありがとう」という声が微かに聞こえたような気がした。
亜麻色の髪のちいさな友人のための特製レシピ
『ベリーベリージュース』
『黒い実は清らかさ』
スピリットインネイチャーエッセンス『ブラックベリー』
思考の浄化。否定的なエネルギーを溶かし、クリアにする。
有害な環境にある時に。
『赤紫の実は許し』
スピリットインネイチャーエッセンス『ラズベリー』
古傷への過剰反応を抑えてそれを乗り越えるために。
慈悲と寛容。
許しと思いやり。
『赤い実は尊厳』
スピリットインネイチャーエッセンス『ストロベリー』
自己尊重。自信を上げて、自分の価値を認める。
センタリングとグラウンディング。
優雅さと美しさ。
港町の高台の古いビルの中、海を見下ろす窓の前に、
ちいさなテーブルがひとつ。
くだものとやさいを使ったフレッシュなメニューが揃う、
喫茶『カミングホーム』。
次の旅人をお迎えするのは、12月。
また皆さまに、きっと、お会いできますように。
Coming Home編集部 浅野 典子
2025年11月25日公開